専門家に聞く!ヘルスケア情報
広がる男子へのHPVワクチン接種 公費による女子の「キャッチアップ接種」の期限は2025年3月末
2024年8月掲載

フローレンスこどもと心クリニック
院長
田中 純子(たなか じゅんこ)先生
ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染予防につながるHPVワクチンの男子への任意接種の費用助成が東京都内などで広がっています。男子の場合、将来、中咽頭がんや肛門がん、性病の尖圭コンジローマ(性器周辺にできる“いぼ”)の予防になるからです。
一方、女子の場合はHPVが子宮頸がんの原因となるため、現在、積極的にHPVワクチン接種が勧奨されています。積極的勧奨が中断していた対象期間に接種の機会を逃した人でも、2025 年3月末までは公費による接種が可能です。HPVワクチンをめぐる最近の動きを、フローレンスこどもと心クリニック(東京都渋谷区)院長の田中純子先生にお聞きしました。
性交による感染が起こる前、若年のうちにワクチン接種を
HPVは、100種類を超える型のあるごくありふれたウイルスです。その中の一部が性交により感染し、性器、肛門、口腔、咽喉に“いぼ”を作ったりがんを発生させたりします。
田中先生は「性交渉の経験のある男女の50~80%は生涯に一度はHPVの感染機会があります。このうち約90%の人は免疫でウイルスが自然に排除されますが、約10%の人はウイルスが排除されることなく感染が持続し、子宮頸がんなどになります。そのため、性交による感染が起こる前、若年のうちにワクチンを接種してHPV感染を防ぐことが重要なのです」と話します。
男性に多い中咽頭がんや肛門がん、陰茎がんなどの原因にも
HPVが原因で発症するがんで最も患者数が多いのが子宮頸がんです。日本では毎年約1万1000人(2019年は1万879人)が罹患し、約2900人(2020年は2887人)が死亡しています(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/17_cervix_uteri.html)。20歳代後半から40歳代に多いとされています。
HPVはまた、男性に多く発症する中咽頭がんや肛門がん、陰茎がん(男性のみ)、尖圭コンジローマなどの原因でもあります。中咽頭がんの主な原因としてはHPV感染に加えて喫煙・飲酒があり、男女ともに発症する可能性がありますが、男性の罹患率は女性のそれに比べて2〜3倍程度高率であるとされています。
2022年4月に女子への定期接種の積極的勧奨が再開
たくさんの型があるHPVの中で、がんの原因となるリスクの高いウイルスとしては少なくとも13種類が判明しています。田中先生は「そのうち16型と18型の2種類が、特に前がん病変である高度異形成や子宮頸がんの発症リスクが高く、進行スピードも速いです。そのため、現在日本で承認されているHPVワクチン3種類はどれも16型と18型をカバーしています」と話します(表1)。
2009年にまず16型と18型 に対応した2価ワクチンが、次いで2011年に4価のワクチンが承認されました。そして、2013年4月には小学校6年生〜高校1年生女子を対象に定期接種がスタートしました。しかし、接種後の痛みなど副反応の訴えが相次ぎ、同年6月に国による定期接種の積極的勧奨が中止されました。
その後、安全性・有効性に関するエビデンスが示され、ワクチンの安全性についての特段の懸念はないことが確認された結果、2022年4月に女子への定期接種の積極的勧奨が再開されました。さらに、2023 年4 月からは、従来から公費で接種可能な2 種類に加え、より多種のHPVに対応した9 価も公費で接種できるようになりました(表2)。
男子の4価ワクチンの任意接種に対する助成が広がる
男子については、2020年12月に4価HPVワクチン(ガーダシル)の適応に男性が追加されました。しかし、全額自費であることや、積極的な啓発活動も行われなかったことから、接種は広がっていきませんでした。そうしたことから田中先生は、女子のみならず、男子への接種啓発にも取り組んできました。
「男子への接種によって、HPV関連がんを予防できるとともに、男性から女性にHPVを感染させるリスクを減らすこともできます。先進国では、女子だけではなく男子への接種も標準的になってきているのに、日本ではその存在すら知られていない状況です。それを変える必要があると感じていました。そこで、女子の啓発は4価よりカバー範囲が広い9価の発売を待って改めて力を入れようと考え、それまでの間、男子への接種に力を入れることにしました。取り組んだのは無償接種です。当院で2023年1月に男子へのHPVワクチン1回目接種を無償で提供するキャンペーンを始めたところ、60人の枠があっという間に埋まってしまいました。関心の高さが証明された一方で、高額な接種費用が一つのネックとなっていることを実感しました」(田中先生)。
田中先生の取り組みや、産婦人科医や小児科医たちが立ち上げたHPV啓発プロジェクト「みんパピ!」(https://minpapi.jp/)などの活動の影響もあって、その後、HPVワクチンを男子に接種する費用を助成する市町村が全国で増えていきました。
例えば東京都では、ワクチン接種の費用助成を始める自治体に経費の2分の1を補助する制度を2024年度にスタートさせています。中野区や渋谷区、町田市など20を超える自治体でも、小学校6年生〜高校1年生相当の男子への任意接種に対する助成が始まっています。
「キャッチアップ接種」実施中。機会を逃した女性は9月までに初回を
一方、女子については、接種の対象年齢だった時に接種の機会を逃した女子が無料で受けられる「キャッチアップ接種」制度が実施されており、2024年度が最終年度とされています。対象は、1997年4月2日~2008年4月1日生まれの女性で、過去にHPVワクチンの接種を合計3回受けていない人です(表3)。
田中先生は、「2025 年3月末までは公費による接種が可能ですが、3回の接種をそれまでに終わらせるには2024年9月には初回を終わらせる必要があります。ワクチン接種による子宮頸がんの減少効果は、スウェーデンなどで既に証明されています。接種機会を逃していた人には、ぜひ接種を検討してもらいたいと思います」と話します(図1)。
なお、現在、自由民主党の「HPVワクチン推進議員連盟」では、9価ワクチンを男女とも15歳未満に2回接種するという定期接種の新たな仕組みが検討されています。10歳代前後の子どもを持つ親や、孫を持つ祖父母の方々は、HPVワクチンをめぐる今後の動きにも注意が必要です。