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花粉の飛ばない今始める花粉症治療 効果が期待される舌下免疫療法

情報誌けあ・ふるVOL.116(2023/7)掲載

横浜市立みなと赤十字病院
アレルギーセンター
センター長

中村 陽一 先生

 日本人の国民病とまで言われる花粉症はさまざまな植物の花粉が原因となりますが、圧倒的に多いのはスギ花粉症です。症状を和らげる対症療法薬だけでは治まらない場合に、症状が出てこないように体質を改善する治療法として舌下免疫療法が注目されています。スギ花粉症の舌下免疫療法のメリットと注意点について、横浜市立みなと赤十字病院アレルギーセンターセンター長の中村陽一先生にお聞きしました。

花粉症の有病率は4割超

 スギ花粉症のシーズンが終わり、ホッとしている方も多いのではないでしょうか。日本耳鼻咽喉科学会が行った全国疫学調査によれば、2019年の時点で日本人の花粉症有病率は花粉症全体で42.5%、スギ花粉症は38.8%です。いずれもこの10年間で10%以上増加しています。政府は花粉症を「多くの国民を悩ませ続けている社会問題」と位置づけて関係閣僚会議を開き、花粉発生量の半減を目指してスギ人工林を約2割減少させるなどの発生源対策、花粉飛散量予測の精度向上などの飛散対策、根治療法の普及などの発症対策を3本柱とした花粉症対策に取り組んでいます。

普及が期待される舌下免疫療法

 花粉症の治療法の現状について中村先生は「くしゃみや鼻水、かゆみ、咳などの症状には主に抗アレルギー薬などで症状を和らげる対症療法が行われます。花粉症の症状に効果的な新薬もいろいろ登場しています。しかし毎年症状がひどくて対症療法では不十分な方の場合には、花粉症の体質を変えていく根本治療が必要になります。スギ花粉症の根本治療として最近普及が期待されているのが舌下免疫療法です」と言います。
 スギ花粉症の舌下免疫療法は、少量のスギ花粉アレルゲンを含む錠剤を舌の下に含みます。1分ほど錠剤を舌の下に含んでいると、スギ花粉アレルゲン成分が溶け出して口の中の粘膜から吸収されます。1日1回、毎日続けていくと、スギ花粉に対する免疫の働き方が変化して、アレルギー症状がほとんど出てこなくなります。中村先生は「実は免疫療法がなぜこれほど効果があるのか、詳細なメカニズムはまだ解明されていません。おおむね以下のように効いていると考えられています」と言い、こう説明しています。
 スギ花粉症では、大量の花粉を鼻などから吸い込むとアレルギー反応を促進するTh2細胞が増えて、B細胞でスギ花粉アレルゲンを捕まえるIgE抗体がたくさんつくられ、肥満細胞などの表面にくっつきます。そこにスギ花粉アレルゲンが結合すると肥満細胞からはヒスタミンなどの化学物質が放出され、これがアレルギー症状を引き起こしています(図上段)。
 一方、免疫療法を行って少量のアレルゲンが持続的に体内に入っていくと、過剰な免疫反応を抑える抑制性T細胞が活性化し、同時にアレルギー反応を抑えるTh1細胞が増加し、Th2細胞が増えたりE抗体が過剰にできたりしないように抑制します。さらにIgE抗体とアレルゲンの結合を妨げるIgG抗体が増えるなど、免疫のバランスが是正されて症状が起こりにくくなっていきます(図下段)。

簡単で安全、毎日続ければ効果

 舌下免疫療法は自宅で毎日1回錠剤を舌下に含むだけの簡単で安全な治療法です。副作用として投与部位である口腔内の腫れやかゆみが出現することがありますが、通常は継続により自然に消失していきます。薬代も安価です。ただし、効果が現れるまでには少なくとも3年以上毎日続ける必要があるとされています。中村先生によれば、「6〜7月から始めれば、翌年春のスギ花粉症シーズンにはある程度効果が出始めて、例年より楽になる方が多いようです。さらに続けることで、2年目、3年目以降には、8割前後の方で著明な改善がみられます」とのことです。
 なお、今のところ舌下免疫療法薬で治せる花粉症はスギ花粉症だけです。現在市販されている花粉症の免疫療法薬にはスギ花粉のアレルゲンだけが調整されています。ヒノキをはじめ、スギ以外による花粉症には効きません。専門医によって症状の原因がスギ花粉であることが確定されている場合にだけ処方されます。
 中村先生は「花粉症の患者さんはスギのほかにもヒノキやハンノキなど複数の植物の花粉に感作している方が少なくありません。こういう方は舌下免疫療法を行ってもスギ花粉のシーズン終了後にある程度症状が出てきますが、一番症状が強いスギの時期を軽快に過ごせるようになるので、スギ花粉の舌下免疫療法を受ける価値はあると思います」と言います。
 花粉症などのアレルギー疾患に対する免疫療法は、実は以前から行われていて、その効果も確かめられてきました。しかし、これまでは免疫療法に使う製剤は注射剤しかなかったため、2〜3年の間、毎週1、2回通院して皮下注射をしてもらう必要がありました。そのためあまり広く普及はしませんでした。2018年に舌下錠が登場して、多くの人が手軽にこの治療法を行うことができるようになりました。

治療開始は花粉が飛ばない夏の間に

 中村先生は「もう一つ、舌下免疫療法で知っておくべき大事なポイントは、スギ花粉が飛んでいない間に治療を開始することです」と注意を促します。「スギ花粉が飛散している時期にはアレルギー反応が活発になっていてアレルゲンに過敏に反応してしまうので免疫療法を開始するには不適切です。花粉が飛んでいない時期に始めれば、翌年の花粉シーズンが始まるころには免疫状態が安定し、花粉に曝露される季節になっても通常は大きな問題なく続けられます。毎年花粉症の症状で悩んでいる方は、夏のうちに専門医にご相談になるとよいでしょう」と中村先生は話しています。