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酒は百薬の長にあらず、ガイドラインを目安に「減酒」の実践を
筑波大学
健幸ライフスタイル開発研究センター
センター長
吉本 尚(よしもと ひさし)先生
このほど厚生労働省は「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン(飲酒ガイドライン)」を初めてまとめ、2月19日に発表しました。飲酒による健康リスクを分かりやすく伝え、不適切な飲酒行動を減らすために活用してもらうことが目的です。このガイドラインを踏まえ、健康障害の予防に注意してお酒を楽しむポイントを、ガイドライン作成委員の一人で、総合診療医の筑波大学健幸ライフスタイル開発研究センターの吉本尚先生にお聞きしました。
ガイドラインが示したリスク増加の警戒値
厚生労働省の「飲酒ガイドライン」では、生活習慣病のリスクを高める量を、純アルコール量に換算して男性は1日40グラム以上、女性は1日20グラム以上としています。
「ガイドラインで示された値は、これだけ飲んでいいですよという目安ではなく、これ以上飲むとさまざまな生活習慣病のリスクが高くなりますという警戒値としてみてください。ガイドラインには、主な病気の発症リスクと飲酒量を日本人について調べた多くの研究成果が反映されています(表)」と言う吉本先生。「かつては少量の飲酒は病気のリスクを軽減して長生きできるという学説もあり、『酒は百薬の長』とも言われましたが、現在こうした説は否定されつつあります。むしろ高血圧や女性の脳卒中(出血性)、乳がんや男性の胃がんなど、たとえ少量でも飲酒がリスクになることが分かっています」と注意を促します。
吉本先生は「従来、適切な飲酒量として、日本酒なら○合まで、缶ビールなら△本、ワインはグラス◇杯以内といった、ややあいまいな目安が示されることも多かったのですが、摂取する純アルコール量はお酒の種類、度数によって変わります。このガイドラインでは、お酒に含まれる純アルコール量に換算してお酒の種類を問わず、飲酒量の包括的な目安をより分かりやすく示したのが大きな特徴です」と指摘します。
お酒に含まれる純アルコール量(グラム)は、
飲酒量(ml)×アルコール濃度(度数%/100)×0.8(アルコールの比重)
で算出されます(図)。
例えば5%のビール500ml(ロング缶)1本の純アルコール量は
500(ml)×0.05×0.8=20(グラム)
となります。
同様にアルコール度数7%の酎ハイは350ml(レギュラー缶)が純アルコール量20グラムに相当します。12%のワインは200ml、15%の日本酒は160ml、25%の焼酎は100ml、43%のウイスキーは60ml(ダブル)が純アルコール量20グラムに相当します。
お酒を健康に楽しむため「減らす工夫」を
いま吉本先生は筑波大学附属病院などで「アルコール低減外来」を開設して診療に当たっています。お酒の飲み過ぎで悩んでいる人が相談に来ます。吉本先生は「お酒をやめるか減らすか、どちらにしますか」と問いかけます。多くの人は「じゃあ、減らすほうで…」と答えるそうです。
以前は「断酒」がアルコールによる障害治療の基本でしたが、今はより取り組みやすい「減酒」のアプローチが取り入れられています。吉本先生は「毎日の飲み方をちょっと変えるだけで、仕事の効率も体調も驚くほど良くなります。ダイエットでカロリーをコントロールするのと同じように飲酒量をコントロールするわけです。今飲んでいる量より少しでも減らせれば減酒できたとしてよいと考えています。晩酌を毎日していた人が週に1日やめれば減酒です。いつも飲んでいるお酒のアルコール度数をちょっと減らすのも減酒の近道です。アルコール度9%の缶ハイボールを同じ銘柄で7%のものに変えたり、焼酎のお湯割りの比率を6:4から5:5に変えたりしてみるのもよいでしょう」と言います。
ノンアルコール飲料の利用で上手に減酒
1日に飲める水分(液体)の総量は人によってだいたい決まっているので、薄いお酒やノンアルコール飲料を飲んでいると、その分濃いお酒の飲める量が減って純アルコールの摂取量は減ります。吉本先生は「最近はノンアルコール飲料や微アルコール飲料がいろいろ市販されているので、これらを上手に使うと減酒の効果をあげられます」とアドバイスします。
吉本先生らは、ノンアルコール飲料を利用すると減酒が進みやすくなることを実証する実験をしました。対象は飲酒が週4回以上で、純アルコール換算で男性は1日40グラム以上、女性は1日20グラム以上摂取している男女123人で、特に減酒を意識していない人です。このうちノンアルコール飲料を無料で12週間提供した54人と、何もしていない69人との違いを比較しました。結果、ノンアルコール飲料を12週間提供した人の飲酒量は純アルコール換算で平均1日11.5グラム減りました。
吉本先生は「ノンアルコール飲料はアルコールの置き換えになりやすいということが分かりました。ノンアルコール飲料を提供した群では、調査期間の12週間が終了した後も純アルコール摂取量は減ったまま推移しました。ノンアルコール飲料が手元にあれば、お酒を減らしたいと特に意識しなくても無理なく減らせることが示唆されたのです」と説明します。この研究結果を2023年10月に英文誌「BMC Medicine」に論文発表したところ、手元にノンアルコール飲料があれば、飲酒量の一部がノンアルコール飲料に置き換わって、減酒ができることを世界で初めて科学的に示した結果として、国内外の研究者から多くの反響があったとのことです。
吉本先生は「初めはムリをせずに、純アルコール量を少し減らしてみることです。飲み方をちょっと変えるだけで、生活が前向きに変わってくることが実感できれば、減酒成功です。ガイドラインを目安に酒量を上手にコントロールしてください」と話しています。