2026.10.30
- 医療・介護のデジタル化
「眠りSCAN」で見えてくる在宅心不全患者の「見えない時間」


嘉悦 泰博 医師(写真左)
医療法人社団ゆみの
のぞみハートクリニック 副院長
梅野 貴子 看護師(写真右)
医療法人社団ゆみの
のぞみハートクリニック
のぞみハートクリニック
所在地:〒532-0003 大阪府大阪市淀川区宮原3-5-36 新大阪トラストタワー1F
診療科目:内科、循環器内科、呼吸器内科
のぞみハートクリニック天王寺
所在地:〒543-0051 大阪府大阪市天王寺区四天王寺1-14-16 伊藤ビル
診療科目:内科、循環器内科
施設概要
循環器内科や一般内科を中心に幅広い診療を行う医療機関。外来診療と訪問診療、訪問リハビリの「のぞみハートクリニック」(2018年開院)、訪問診療と訪問リハビリを行う「のぞみハートクリニック天王寺」(2023年開院)と、大阪市内の2拠点で運営。特に心不全や高血圧などの専門的なケアに強みを持ち、24時間体制での在宅サポートを提供している。
「眠りSCAN」に関する注意事項
●「眠りSCAN」は、人の体動(寝返り、呼吸、心拍など)を検出し、睡眠状態を測定することを目的とした機器です。心拍・呼吸などの生命に関わる監視装置としての性能・機能は有していません。
●「眠りSCAN」及び「Viewer」では心拍・呼吸に相当する体動から算出した推定値を心拍数・呼吸数と表現しています。正確な数値の測定については、専用の医療機器をご使用ください。
●「眠りSCAN」の測定結果はあくまで目安であり、状態変化は実際の観察が優先されることをご留意ください。また本機は健康状態を評価するものではないため、健康状態については、医師にご相談ください。
在宅だからこそ「見えない時間」がある ― 在宅心不全患者を支えるクリニックの役割
嘉悦:超高齢社会の進展に伴い、心不全患者が急増する「心不全パンデミック」が深刻な社会課題となっています。当クリニックでも、訪問診療を行う約800名の患者さんのうち約40%が心不全を患っており、その多くが高齢化・重症化の傾向にあります。心不全は悪化と回復、入退院を繰り返しながら徐々に病状が進行するため、再入院をいかに防ぎ、住み慣れた自宅での生活を継続できるかが在宅療養支援の重要な課題です。
梅野:在宅医療では、病院と比べて医療者の目が届かない「見えない時間」が圧倒的に長くなります。特に夜間や訪問診療の合間の状態変化を客観的に捉える手段や機会は限られています。また、高齢の心不全患者さんは自覚症状に乏しい場合もあり、本人やご家族が「いつも通り」と感じていても病状が悪化していることがあります。訪問診療医や訪問看護師など、医療者が自宅に訪問する限られた時間での身体所見や症状の確認だけでなく、医療者の目の届かない時間における状態の変化や情報を捉えて、必要時には早期に医療介入ができるような仕組みづくりが期待されています。
睡眠や生活を「見える化」するために ― 「眠りSCAN」導入のきっかけ
梅野:もともとは、夜間の睡眠状態を把握したいという課題がありました。「よく眠れない」という訴えがあっても、在宅では実際の睡眠状況を観察することは困難であり、患者さんの自覚症状をもとに睡眠薬が処方されることも少なくありません。一方、高齢者への睡眠薬の使用では、転倒やふらつきにも注意が必要です。
そうした「見えない時間」の状態を捉える手段の一つとして、2024年に「眠りSCAN」及び「Viewer」を導入しました。ベッドのマットレスの下に設置するシート型のセンサーで、身体に直接触れず、振動から心拍数や呼吸数、睡眠の状態を推定して測定できる非侵襲的な機器です。当クリニックでは現在13人の患者さんが使用しています。導入当初は、得られたデータをどのように現場で役立てるか手探りでしたが、症例を重ねるなかで、在宅心不全患者さんの変化を捉える材料の一つとして活用できることが見えてきました。また「眠りSCAN」及び「Viewer」を活用することで、実際に中途覚醒が頻発しているのか、日誌(データ)が普段と異なっていないかなどを傾向として確認できるようになりました。患者さんの訴えに加えて客観的なデータが得られることで、例えば呼吸数や心拍数の増加が見られた際に、その情報をもとに患者さんへ連絡をして症状を確認したり、訪問看護師へ状態確認を依頼するなど、次の対応を検討しやすくなります。
図 「眠りSCAN」及び「Viewer」で見る変化


客観的データから患者の変化を読み解く ― 症例から見えた患者の変化
梅野:具体的な活用事例として、重症の慢性心不全の男性患者さん(80歳代)のケースをご紹介します。自覚症状をあまり訴えない方でしたが、心不全が増悪した時期の「眠りSCAN」のデータには顕著な変化が現れていました。心不全増悪時にはベッド上で過ごす「睡眠時間」は延長していましたが、中途覚醒が頻発し、睡眠の質が悪化している可能性がありました。さらに呼吸は速い傾向にあり、心拍も80回/分前後と不安定に推移していました。これらのデータは、患者さん自身の「何となくしんどい」という漠然とした訴えを裏付ける材料となりました。
嘉悦:こうした変化を踏まえ、「眠りSCAN」及び「Viewer」のデータに加え、検査所見や体重の変化、身体所見なども総合的に評価し、利尿薬の調整などを行ったところ、病状の安定とともに中途覚醒が減少し、まとまった睡眠が取れるようになりました。呼吸も安定し、心拍も60〜70回/分程度に収まるようになりました。
もともと心不全の管理では、採血データや身体所見などをもとに病状を評価してきました。そこに夜間の睡眠やあくまで参考値ではあるものの、呼吸や心拍の推移といった情報が加わることで、訪問していない時間の患者さんの状態も推測できるようになります。一つでも多くの情報を組み合わせて判断できることは、在宅で心不全を診ていくうえで大きな意味があると感じています。
図 「眠りSCAN」の導入例
A氏 80歳代 男性
・慢性心不全(HFpEF、StageC)、要介護3
・難聴でジェスチャーなどの視覚支援が有効。発語少なく寡黙
・妻(80歳代)と2人暮らし
・訪問看護(週2回)、訪問リハビリ(週2回)を利用
【生活上の問題点】
〇夜間の排泄後覚醒し、再入眠までの時間が長い 〇昼間の眠気が強い
〇転倒・転落増加 〇自覚症状が乏しい+家族の介護負担が増えている
⇒身体所見と自覚症状が乖離

データは「答え」ではなく「きっかけ」― 看護師がつなぐデータ活用と多職種連携
梅野:「眠りSCAN」及び「Viewer」を活用するうえで重要なのは、「患者さんの普段との違い」をいち早く見つけることです。当クリニックでは、主に看護師が1日1回、「Viewer」から各種日誌データを確認しています。導入当初はデータの読み取りに慣れが必要でしたが、患者さんのデータを2週間〜4週間単位で俯瞰的に捉えたり、過去のデータと比較することで変化が明瞭になる場合もあり、客観的な変化に気づくことができます。
ただし、数値だけを見るのではありません。「眠りSCAN」から得られた情報を、患者さんやご家族の話、訪問看護やリハビリでの観察事項と照らし合わせてアセスメントします。「眠りSCAN」及び「Viewer」のデータは「答え」ではなく、患者さんの生活を理解し、支えていくための「きっかけ」であり、あくまで一つの情報です。
医師や看護師に加え、セラピストが捉えた訪問リハビリ中の身体状況、ケアマネジャーが把握したご家族の悩み、ヘルパーからの食事量などの情報をつなぎ、検査所見や体重、身体所見などの医学的情報、「眠りSCAN」及び「Viewer」から得られたデータと組み合わせます。こうして地域の多職種が患者さんの「普段」を共有することが、小さな変化を捉え、必要な対応を検討するための支えになっています。

地域で支える在宅医療のこれから ― 早期発見から、その人らしい在宅療養へ
梅野:在宅での心不全治療の最終的な目標は、患者さんを「病人」としてではなく「生活者」として、自分らしい人生を全うできるように支援することだと思っています。心不全患者さんは、水分や食事、活動の制限など、日常生活で我慢を強いられることも少なくありません。そうしたなかでも、その人らしい生活をいかに続けられるよう支援するか、QOL(生活の質)を維持、向上させることができるかが大切であると考えます。在宅心不全患者さんの状態変化のサインを早期に捉え、必要な対応につなげることは、重症化や再入院を防ぐ意味でも重要であり、住み慣れた自宅での暮らしを支えることにつながります。
嘉悦:今後は、一人ひとりの「健康なときのパターン」をより精緻に把握しながら、適切な活用方法を検討し、よりエビデンスに基づいた在宅医療の構築を目指していきたいと考えています。従来の診療で得られるさまざまな医学的データに、「眠りSCAN」及び「Viewer」から得られるデジタルデータや、多職種による観察情報を組み合わせていくことが、これからの在宅医療には重要です。テクノロジーは単なる効率化の手段ではありません。患者さんの価値観や「自宅でこう過ごしたい」という願いに寄り添い、地域の医療・介護スタッフとともに、その人らしい生活につなげるツールとして活用していきたいと思います。
