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角度を付けると寝入りやすくなる
情報誌けあ・ふるVOL.100(2019/7) 掲載

神戸大学 大学院保健学研究科
パブリックヘルス領域教授・医学部教授

石川 朗 先生

呼吸のメカニズムから背上げの効用を実証

 就寝しようとする時、背上げをすることによって入眠しやすくなるといわれています。それは呼吸の仕組みから、仰臥位では横隔膜が圧迫されて呼吸がしにくくなっているためだと考えられています。背上げによる呼吸の仕組みへの影響を科学的に実証する研究も行われています。角度を付けて眠るとなぜ入眠しやすいのか、長年にわたって呼吸に関する研究に携わり、在宅における呼吸関連の疾病・異常に対する治療などを行う「在宅呼吸ケア」の普及にも取り組んでいる神戸大学大学院保健学研究科教授の石川朗先生にお聞きしました。

 呼吸が苦しい時に、臥位よりも半座位をとると呼吸がしやすくなることは経験的に知られています。石川朗先生は「その理由は呼吸の仕組みで説明できます。この仕組みを考慮すると、就寝時には仰臥位で寝るよりも少し背上げをすると眠入りやすくなると考えられます」と言います。

肺への空気の出入りは横隔膜の伸縮によって

 肺は肋骨や胸郭、胸椎に囲まれた胸腔(きょうくう)の中にあります。胸腔の底面はドーム状の「横隔膜」で胃、腸、肝臓など腹部臓器のある腹腔(ふくくう)と仕切られています。
 息を吸い込むと肺はふくらみ、吐き出すと肺は縮みます。しかし、肺自体には伸びたり縮んだりできる筋肉はありません。
 胸腔の底面にある横隔膜は膜状の筋肉で、腕や脚を動かす骨格筋と同じタイプの筋肉です。息を吸う時には収縮してドーム面が数センチメートル下がります。これによって胸腔は陰圧となり、肺に空気が流れ込んで肺がふくらみます。息を吐き出す時には、横隔膜が弛緩すると元のドーム形状に戻って胸腔を押し上げるので、肺から空気が押し出されていきます。
 「従って、横隔膜がしっかり収縮して胸腔を広げられると吸気がスムーズになり、呼吸がしやすくなるわけです。ところが、われわれが普通に寝ている状態をこの呼吸の仕組みから考えてみると、実は横隔膜の動き方に問題が起きていて、呼吸がややしにくくなっているのです」と言います。

腹部臓器が横隔膜を圧迫、仰臥位では呼吸に制約

 ベッドに寝て仰臥位になると、座位や立位では重力で下の方に下がっていた腹部臓器が胸腔の側にも広がってきます。それが横隔膜を圧迫して横隔膜の動きが制限されています。起きている時に比べてその分だけ呼吸がしにくい状態になっているということです。
 しかし、背上げをすると腹部臓器が重力で下がるので、横隔膜への圧迫が避けられます。そのため胸腔が広がって余裕ができ肺の伸展が容易となるので、呼吸がしやすくなります(図参照)。「こうして少し背上げをすると、呼吸がしやすくなり、寝入りやすくなることが予想されます」と石川先生は説明します。

横隔膜の動きをMRIで検証、背上げで入眠しやすくなる

 石川先生は、首都大学東京の研究チームとの共同研究で実験を行い、この現象をMRI画像で捉えることに成功しました。図に示した写真はMRIで記録された呼気時の画像です。2つの画像は健康な人をフラットの仰臥位と20度の背上げをした状態で撮影して横隔膜の動きを比較して見ています。この画像から、仰臥位では横隔膜が内臓に押されて動きが制限された状態になっていますが、背上げをした場合には、横隔膜を圧迫していた内臓が下がって、フラットの時と比べて横隔膜の動きに余裕ができて、呼吸がしやすい状態になっていることが確認できます。
 石川先生は「今回の実験で得られた画像は、呼気時の結果です。この実験によって、少なくとも『角度を付けて眠ると息を吐きやすくなる』といえることが可視化され、裏付けられました」と話します。さらに「スムーズな入眠のためには安定した呼吸が重要な役割を果たしますから、『角度をつけて眠ることが呼吸を助け、入眠しやすくなる』ということは十分に考えられます」と語っています。
 また、背上げは離床の第一歩だといわれます。寝ている時間の長い高齢者では、少し背上げをすることによって、だ液による誤嚥性肺炎の予防にもなります。
 石川先生は「背上げの角度が大きくなると、寝入った後に寝返りをしにくくなるなど、睡眠の質が悪くなることも考えられるので、30度くらいまでの角度で試してみるとよいでしょう。ぜひ一度、角度を付けて眠ってみることをお勧めします」と話しています。