知る・学ぶ

医療・介護トピックス

医療介護
地域包括ケアシステムの鍵を握る在宅医療 生活者として「治し支える医療」へ
情報誌けあ・ふるVOL.89(2016/10) 掲載

東京大学 高齢社会総合研究機構 教授
飯島 勝矢先生

 政府は2025年に向け、介護が必要になった高齢者も、住み慣れた自宅や地域で暮らし続けられるように、「医療・介護・予防・生活支援・住まい」の5つのサービスを一体的に受けられる「地域包括ケアシステム」の構築を進めています。その成否を握る鍵の1つが、在宅医療といわれています。 
 在宅医療にどのような機能、役割が期待されているのか、老年医学の専門家であり、地域医療の現場で在宅医療を実践されている東京大学教授の飯島勝矢先生にうかがいました。

今なぜ、特に在宅医療が求められているのでしょうか。

 その背景には、高齢者、特に75歳以上の後期高齢者の急増があります。
 平均寿命が延び、高齢者が「普通」に後期高齢者の仲間入りをできるようになりました。その一方で、後期高齢者の多くは、健康で自立したまま、生涯を全うすることが難しいのも現実です。
 2025 年には戦後ベビーブームで生まれた団塊の世代が後期高齢者になります。後期高齢者の数は2012 年の1522万人から2030年の2278 万人へと約1・5 倍に急増します。また、後期高齢者人口の増加に伴い、死亡数も増加します。大部分の人々は後期高齢者となり、何らかの病気をかかえながら最期の時を迎える「老いて死ぬ」という時代となったのです。
 最近、「健康寿命」という言葉をよく聞くようになりました。「健康寿命」とは、健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間のことです。平均寿命とこの健康寿命の間には、男性で約9年、女性で約12年の差があります。つまり、人生の最期を迎えるまでには、自立して生活することが困難な期間が男性で9年、女性で12年もあるのです。
 この人生の最期までのタイムラグに対して、医療・介護がどのように対応していくかが大きな課題になっているのです。高齢者が、地域で生活者として暮らし続けられるようにするには、病院に入院して高度な医療技術によって「治す医療」だけでは十分ではなく、地域の生活の場の中で「治し支える医療」である在宅医療がクローズ・アップされてきたのです。

在宅医療にはどのような利点があるのでしょうか。

 私は週1回、東京都内に住んでいる高齢者のお宅に訪問診療を行っています。その一方で、東京大学医学部附属病院老年病科の外来でも患者を診ています。
 東大病院の患者の中には、タクシー代を使って、朝早くから1日がかりで診療を受けに来る方が大勢います。そうした患者の中で、「病状が安定しておられるので、わざわざ時間をかけて病院に来られなくとも、私がご自宅に訪問して診て差し上げられますよ」と声をかけ、訪問診療に切り替えた方が何人もいらっしゃいます。
 病状が安定していれば、医師や看護師が定期的に訪問して病状を診る在宅医療は、患者にとって時間的、経済的に負担が少なくてすみます。無機質な病室で天井を見ながら療養するよりも、在宅医療によって自分の家で生活者として生きていくほうが患者にとってもメリットが大きいのは明らかです。
 定期的に患者を診る訪問診療の良さは、ささいな変化が見つけやすいことです。病状が悪化する前のボヤの状態でみつけることができるのです。さらに、がんなど終末期に入った患者には、本人が納得した上で自宅を終のすみかとして在宅医療を導入し、人生の最期を自宅で迎えることができます。
 患者は、病人である前に、生活者なのです。在宅医療は、地域で生活者として暮らしていくことを支援するものです。医師をはじめ医療・介護に関わるスタッフは、その患者にとって、入院医療が必要なのか、在宅医療が良いのか、見極める目利きが大切であると考えています。

「地域包括ケアシステム」の構築において、在宅医療が果たす役割をお聞かせください。

 政府が全国で作り上げようとしている「地域包括ケアシステム」とは、中学校区程度の範囲の地域を念頭に置き、約30分以内で駆けつけられる日常生活圏域で、「住まい」「生活支援」「医療」「介護」「予防」という5つのサービスが、利用者のニーズに応じて適切に組み合わされて、入院、退院、在宅復帰を通じて切れ目なく一体的にケアサービスが提供されるという考え方です。
 この地域包括ケアシステムを2025年に向けて実現するための鍵となるのが在宅医療の充実です。これまで病院などの入所施設でやってきたことを、できる限り在宅医療を中心に展開して、地域で暮らせるようにするのです。
 在宅医療を進めるには、医師をはじめ看護師などの医療関係者、ケアマネジャーなどの介護関係者による多職種連携のチーム力が欠かせません。地域における多職種連携のチーム体制はここ5〜6年の間に徐々に進んできているように感じます。特に、行政の意識が高い地域では、チーム力があり地域を支える力も高くなってきていると思います。
 来る2018年度は診療報酬と介護報酬の同時改定、さらに第7次医療計画、第7期介護保険事業計画がスタートする重要な年となります。医療、介護・福祉の在り方が大きく転換する年になるでしょう。
 これからのあるべきケアサービスの姿を考えるにあたっては、患者や入所者の自立を促す自立支援型サービスが重要なポイントとなります。ただ単に、“やってあげる”だけでは、本人は自立しません。自立が困難な高齢者、末期の患者に対するしっかりした生活支援が必要です。生活支援のためには、まず地域住民による支援が必要です。また、在宅医療が「地域包括ケアシステム」の成否を握る鍵の1つであることは確かですが、安心して地域で暮らしていくには、それだけでは十分ではありません。
 医療専門職や介護・福祉に関わる専門職、行政、さらにはサービス事業者など患者や利用者の生活を支援する企業も、地域包括ケアシステムの構築には欠かせません。中でも、ケアマネジャー、福祉用具相談専門員などケアの第一線で利用者を支える皆さんの役割はますます重要になると思います。