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ノロウイルス感染症の拡大を防ぐには
情報誌けあ・ふるVOL.90(2017/1) 掲載

国立感染症研究所
感染疫学センター 第六室長

木村 博一先生

ワクチンはなく、対策の基本は手洗いの徹底

ノロウイルスによる感染症は、冬に多く発生します。感染してから1〜2日ほどの潜伏期間を経て、強い吐き気、嘔吐、下痢、腹痛などを起こすのが特徴です。通常は発症後1〜2日で自然に回復しますが、高齢者や乳幼児がかかると重症化することもあります。
ノロウイルス感染症の現状、感染した場合の対処法、予防のポイントなどについて国立感染症研究所感染症疫学センター第六室長の木村博一先生にお聞きしました。

ノロウイルスは感染を繰り返す

「ノロウイルスによる集団食中毒が発生——」。冬になると、こんなニュースを耳にする機会が増えてきます。下痢や嘔吐(おうと)などを引き起こす食中毒や感染性の胃腸炎は、細菌、ロタウイルス、腸管アデノウイルスが原因になることもありますが、多くを占めるのがノロウイルスです(写真)。
国立感染症研究所の集計によると、全国約3000カ所の定点医療機関から報告された感染性胃腸炎の患者数は、2016年12月5日〜12月11日の1週間で6万1547人となり、2015年の同時期の2倍を数えます。そのうち半数近くはノロウイルスが原因とみられています。 ノロウイルスによる感染症は毎年冬季になると急増します(図)。どうして毎年、繰り返し流行するのでしょう。木村先生はその理由として、ウイルスの進化が早く、多くの型があるためと説明します。
「一般にウイルス性の感染症は、一度かかると、身体の中に抗体(免疫)が作られます。このため、再び同じウイルスが侵入してきても、感染を防ぐことができるのです。ところが、ノロウイルスの場合、遺伝子タイプの違うものが31種類もあるので、今年あるタイプに感染して抗体を持っていても、翌年に別の遺伝子型が流行すれば、また感染してしまう可能性があるのです」。
ちなみに、昨冬は「新型ノロウイルス」が登場し、全国で流行の兆しをみせましたが、今シーズンは、別の古い型のウイルスが流行の中心になっているようです。
ノロウイルスのもう1つの特徴は、感染性がとても強く、10〜100個ほどで感染が起こることです。ノロウイルスによって下痢をきたした人の便1グラム中には、100万〜1兆個のウイルスが含まれているといわれ、10〜100個というウイルス数がどれだけわずかかがわかります。「こうした感染性の強さも、集団感染や流行の一因」と木村先生は指摘します。

主症状は強い吐き気や下痢

ノロウイルスは、食品や人の手を介して感染し、腸管で増殖します。感染してから12〜48時間の潜伏期間を経て、吐き気、嘔吐、下痢、腹痛などを起こします。38℃ぐらいの発熱や頭痛などを伴うこともあります。これらの症状は1〜2日ほどで自然に回復します。後遺症が残る心配はありません。また、これまで何度もノロウイルスにかかり、免疫ができている人は、感染しても発症しなかったり、軽い胃腸炎症状で収まることもあります(表)。
このように、ノロウイルスによる感染は多くの場合、軽症で済みますが、気をつけたいのは高齢者や乳幼児です。
「高齢者や乳幼児が感染すると、嘔吐や下痢などにより脱水症状を起こし、重症化することがあります。また、高齢者では、吐いた物を誤嚥して誤嚥性肺炎を起こしたり、気道に詰まらせて窒息することもあるので特に注意が必要です」(木村先生)。

感染ルートは食品からと人の手からの2つ

ノロウイルスはほとんどが経口感染で、そのルートは2つに大別できます。
1つは、食品を介した感染です。とくに汚染されたカキなどの二枚貝を、生のまま、あるいは十分に加熱しないで食べると、食中毒を起こすことがあります。最近は、カキを出荷する際の衛生管理が厳しくなっているため、少しずつ減少してはいますが、旬を迎える冬場は、食べる機会も増えるので、注意が欠かせません。
2つめは、人から人への感染です。これには、ノロウイルスが大量に含まれる便や吐いた物に触れた手を介して口に入る「接触感染」や、嘔吐物の飛沫が乾燥して空中に飛び散り、それを吸い込む「飛沫感染」などがあります。ノロウイルスから身を守るには、こうした感染経路を断つことが大事です。
ノロウイルスによる食中毒を防ぐには、食材を十分に加熱する必要があります。一般にウイルスは熱に弱く、加熱処理すると活性が失われます。ノロウイルスも同様で、カキなど二枚貝などの場合、中心部を85℃〜90℃で、90秒以上加熱すると感染性がなくなります。また、調理に使用したまな板や包丁などは、熱湯消毒するとよいでしょう。その半面、ノロウイルスは寒冷や乾燥には強く、冷凍しても感染力は落ちず、乾燥したままで20日以上は感染力を持ち続けています。
患者のケアで特に注意が必要なのは、吐物や便を処理する場合です。吐物や便には極めて多量のウイルスが含まれている一方で、ごくわずかでもウイルスが残っていると感染源になるからです。汚物でよごれた下着や寝具は慎重に扱い、熱湯で洗濯して消毒します。床に付いた汚物は飛び散らないようにペーパータオルで徹底的に拭き取り塩素系漂白剤を薄めた液で消毒します。
いったん感染すると、たとえ症状が軽くても、感染者の便や吐物からは大量のウイルスが排出されるので、処理する際には感染を拡大させないように十分な注意が必要です。さらに、症状が収まった後も最長で1カ月程度はノロウイルスが体内に残り排出されているので、感染予防を確実に続けるようにします。
患者が出た施設で拭き取り検査をした結果、トイレの便座や手すりなどのほかに、ドアのノブや冷蔵庫の取手、エアコンのフィルター、じゅうたんの埃など意外な所からもノロウイルスが検出されるケースが報告されています。手を介して、時には埃といっしょに浮遊して、感染が拡大する可能性があります。実際に、吐物で汚染したじゅうたんの清拭時の消毒が不十分なまま掃除機をかけたために、ウイルス粒子が塵に付いて拡散し、施設内に感染が広がった事例もあるそうです。

ノロウイルスを退治できる治療薬もワクチンもない

では、ノロウイルスに感染してしまったらどうすればいいのでしょう。残念ながらノロウイルスを退治できる治療薬やワクチンは開発されていません。このため治療は、対症療法が中心となります。
症状が軽い場合には、自宅で安静にします。嘔吐や下痢がある場合は脱水症状を防ぎます。木村先生は「多くの場合、嘔吐や下痢は1〜2日ぐらいで改善します。しかし1日に何回も繰り返して下痢や嘔吐があったり、それ以上にわたって症状が続いたりする場合はすぐ医療機関を受診するように」とアドバイスします。
ノロウイルスを近づけない方法として、もっとも基本となる有効な手段は「手洗い」です。石鹸を十分に泡立てて、ブラシなどを用いて手指を洗浄します。そして温水による流水でしっかりすすぎ、清潔なタオルやペーパータオルで拭き取ります。石鹸には殺菌効果はありませんが、汚れを落とすことによって、ウイルスを手指から剥がれやすくする効果があります。調理する前、食事の前、トイレの後、汚物を処理した後、おむつ交換の後などは、時間をかけて手をていねいに洗います。指先、指の間、爪の間などは見逃しやすいので、洗い残しがないように注意しましょう。
木村先生は「ノロウイルスの最善の感染予防法は、一に手洗い、二に手洗い。ワクチンも抗ウイルス薬もないノロウイルス感染のリスクを減らすためには、手洗いを励行し、手指の衛生を保つという基本的な行動を厳守することがなによりも大事です。手指の洗い方、汚物の処理方法などをはじめ、感染予防と感染拡大を防止するための具体的な方法については、厚生労働省が『ノロウイルスに関するQ&A』を公表しているので、ぜひ参考にしてほしい」と話しています。